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東京高等裁判所 昭和61年(行タ)20号 決定 1987年9月04日

東京都葛飾区鎌倉四丁目三三番五号

申立人(控訴人)

泉谷キミ

右訴訟代理人弁護士

小川扶美子

川名照美

森和雄

東京都葛飾区立石六丁目一番三号

相手方(被控訴人)葛飾税務署長

加藤博康

右控訴代理人弁護士

和田衛

右指定代理人

郷間弘司

中川和夫

森久保貴志

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

別紙(一)及び(二)のとおり。

二  相手方の意見

別紙(三)のとおり。

三  当裁判所の判断

1  申立人が相手方に提出を求める本件各「青色申告決算書(青色申告添付の決算書一切)」(以下、本件各文書という。)は、仮にこれらが民訴法三一二条一号所定の当事者の引用文書に該当するとしても、相手方は、別紙(三)で主張するように、本件各文書に記載された事項について租税法上の守秘義務を負うため、民訴法上もこれらを提出する義務を負わないものと解するのが相当である。従って、本件申立てのうち、本件各文書自体の原本の提出を求める部分は、採用することができない。

2  申立人は、更に、本件各文書について、申立人主張の「固有名詞」部分を削除した残余の部分の写を提出するよう求めるが、本件各文書につき右「固有名詞」の部分を削除したとしても、なお残余の部分によって申告者の特定される危険性が十分に除去されたと断定するに足りる資料はないから、相手方は、右1の租税法上の守秘義務を負う関係で、このような写についても民訴法上の提出義務を負わないものと解するのが相当である。したがって、本件申立てのうちの右部分も、採用することができない。

3  よって、本件申立てをいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 加藤英継 裁判官 笹村將文)

別紙 (1)

昭和六一年(行コ)第四八号

控訴人 泉谷キミ

被控訴人 葛飾税務署

外1名

昭和六一年一二月一七日

控訴人代理人 小川扶美子

同 川名照美

同 森和雄

東京高等裁判所

第一五民事部御中

文書提出命令の申立

第一 証すべき事実

相手方葛飾税務署長が同業者として選定した、相手方の昭和五七年一一月一二日付準備書面に記載されているAないしIの業態と申立人の業態とが異なり、本件推計課税が不合理である事実。

第二 文書の表示及び文書の趣旨

相手方葛飾税務署長が本件控訴における推計課税のため抽出した同業者八名、すなわち昭和五七年一一月一二日付相手方準備書面別表6ないし8に表示するAないしC、FないしIについての各昭和五一年分ないし昭和五三年分、同じくDについての昭和五二年分、昭和五三年分、同じくEについての昭和五一年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)、または、右文書につき、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号・事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除した写。

第三 文書の所持者

相手方葛飾税務署長

第四 文書提出義務の原因 民事訴訟法第三一二条一号

一 相手方葛飾税務署長は、昭和五七年一一月一二日付準備書面において、同相手方主張の本件AないしIは葛飾税務署管内にあって青色申告をしており、いずれも申立人の業態と類似性があり、本件推計は合理的であると主張し、その内容として、

「右同業者は、前述のとおり、原告の住所地(税務地)を所轄する葛飾税務署長が管轄する区域内において本件各係争年分について青色申告をしていた個人経営の酒場業者のすべてを対象として、事業規模(倍半基準)、及び業態が原告と類似すると認められたもののすべてを機械的に抽出しているので、被告の恣意が介在する余地は全くなく、これら同業者の抽出は極めて公平妥当なものであり、合理性を有することはいうまでもない。」

と述べている。ここからわかるように、本件比準同業者AないしIは、その青色申告書にもとづくものであるから、相手方は、本件訴訟において右青色申告書を引用しているものである。

第五 本件文書の必要性

原判決は、酒類の仕入額のみを元にし、申立人の仕入額の二倍から半分の範囲にある酒場業者をすべて申立人と業態が類似するとする相手方らの主張、並びに本件比準同業者において、酒類仕入額の総収入に占める割合を平均して申立人に適用する計算方法を容れているが、そのような推計方法が妥当性のないものであることは、申立人の昭和六一年一〇月二三日付準備書面のとおりである。本件比準同業者の適確性と推計計算の合理的な仕方を検は、判断する資料として、本件文書は必要である。

別紙 (二)

昭和六一年(行コ)第四八号

控訴人 泉谷キミ

被控訴人 葛飾税務署長

他一名

昭和六二年四月二二日

控訴人代理人 小川扶美子

同 川名照美

東京高等裁判所

第一五民事部 御中

準備書面

被控訴人の昭和六二年二月一八日付の文書提出命令の申立てに対する意見書について、つぎのとおり述べる。

一 被控訴人は、本件推計課税は「被控訴人の所轄管内において青色申告をしている同業者の申告内容の一部を調査して作成した個人酒場業者の課税事積報告書(乙二号証の一ないし三)によっているものであり」、申立てに係る青色申告決算書は引用していないと主張している。

しかしながら、被控訴人主張の課税事積報告書は、被控訴人が説明するように、「青色申告書自体による主張立証が守秘義務により許されないため、やむを得ない選択として、課税事積報告書による主張立証が行われているものである」から、推計課税のための原資料は、青色申告決算書であることは、明らかであり、被控訴人が、上級官庁である東京国税局長の作成基準により、青色申告者を調査して作成した課税事積報告書は、その内容において本申立てに係る青色申告決算書と同一であることも、明白である。

したがって、本件推計課税を根拠づけるために、使用した資料は青色申告決算書にほかならない。

乙二号証の課税事積報告書は、被控訴人葛飾税務署長の部下が作成したものであって、証拠としての第三者性に乏しいのにもかかわらず、それが推計の唯一の証拠となっている。そこで、控訴人は、原審において、課税事積報告書の元になった乙二号証の回答書の提出を求めて文書提出命令の申立てを行ったが、内部文書であるという理由をもって、受けいれられなかった。

しかし、裁判所の提出命令がなくとも、推計課税を行った被控訴人としては、その原資料を積極的に放置に出して審理に協力すべきである。課税事積報告書と同一内容で、しかも客観的な証拠である青色申告決算書は、課税事積報告書とは別個の文書であるなどという反論は、客観的な証拠を出したくないための逃げ口上と言うしかない。

引用文書を提出義務文書と法が決めているのは、自ら主張した事実の真実性の裏付けとなる証拠を隠しながら訴訟遂行を許すのは、不公平な審理となるので、他方当事者からの批判にさらし、公正な裁判を担保しようとする趣旨である。被控訴人は、本件更正決定をなすについては、本件青色申告決算書により推計を行っていることを積極的に主張しているのであるから、本件青色申告決算書は、引用文書に該当するのである。

二 被控訴人は、税務署長として公務員の守秘義務があるところ民事訴訟法上、公務員の秘密証言拒否権の規定の類推適用により、文書提出義務が免除されると主張し、「訴訟当事者が、仮に青色申告決算書を訴訟において引用したからといって、各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことになるいわれはない」と述べている。

しかしながら、本件青色申告決算書を提出することが職務上の知った事項を漏洩することになるのかの証明は何等なされていない。本件推計課税のための比準同業者たちは、被控訴人からの行政訴訟の資料とするから回答してほしいという照会(乙二号証)に応じており、秘密としたい者は、回答をしてこないのである。仰々しく、守秘義務を強調しても、本人が秘密保持の利益を、その限りで放棄しているのであるから、守秘義務の前提をすでに欠いているのである。

仮にそのような事がないとしても、推計による更正決定が争われたときは、使用した同業者の青色申告決算書を証拠とすることは当然に予想できるのであるから、当該青色申告者から、青色申告書の利用の了解をとることは可能であるのに、被控訴人は、その努力さえした形跡も全くない。比準同業者の青色申告書を、当該業者の了解もなく推計課税の資料に使いながら、そのため不利益を受けた納税者には、当該業者の了解がないから見せられないと抗弁することは、アンフェアーである。

三 被控訴人が、それほど守秘義務を尽くし、なおかつ訴訟を正々堂々と遂行する意志があるならば、守秘義務違反にならぬように最大限の訴訟上の努力をすべきである。控訴人が、青色申告決算書の全部ではなく、申告者、税理士の住所、氏名、電話番号、事業所の名称、所在地、従業員の氏名等の固有名詞をふせたものでもよいとしているのは、その趣旨である。それさえも提出できないというのは、証拠隠し以外の何ものでもない。

被控訴人は、不提出の理由として、「右固有名詞を削除したとしても、なお従業員の人数、年令、給与等の金額、事業専従者の有無、人数、年令、給与の金額、減価償却資産の内容等の沢山の情報内容が記載されている他、右記載事項に係る筆跡等が明らかになることから、申告者の特定がなされる危険がある」と述べている。しかし、被控訴人主張の「沢山の情報内容」こそ、業態の類似性を具体的に判断するための資料である。問題は、それらの情報内容と特定人が結びつくか否かであるが、筆跡により結びつくことはない。更正決定を争う者がその筆跡を知っているなど、通常は考えられないところである。

別紙 (三)

昭和六一年(行コ)第四八号

控訴人 泉谷キミ

被控訴人 葛飾税務署長

昭和六二年二月一八日

被控訴人税務署長訴訟代理人

和田衛

被控訴人税務署長指定代理人

郷間弘司

中川和夫

森久保貴志

東京高等裁判所第一五民事部 御中

文書提出命令の申立てに対する意見書

控訴人は、昭和六一年一二月一七日付け文書提出命令の申立書により、本件比準同業者の青色申告決算書、又は、申告者等の固有名詞を削除した右青色申告決算書写の提出命令を申し立てているが、右申立ては、次のとおり理由がないから却下されるべきである。

第一 控訴人が文書提出を申立てている青色申告決算書が民訴法三一二条一号の引用文書に該当しないことについて

被控訴人葛飾税務署長(以下(被控訴人」という。)は、原審において、被控訴人の所轄管内で酒場業を営む者青色申告書及び酒類仕入金額に係る照会に対する回答書等に基づいて同業者を抽出し、これら同業者の同業者率を算出して推計課税の主張及び立証をしている。

被控訴人の右主張及び立証は、推計の合理性を担保するため、被控訴人が自ら基準を定めて作成した課税事積報告書によることなく、被控訴人の上級官庁である東京国税局長が、作成基準を定めて発遣した通達(乙第一号証)に基づいて、同通達に示された基準により、被控訴人の所轄管内において青色申告をしている同業者の申告内容を一部を調査して作成した個人酒場業者の課税事積報告書(以下「課税事積報告書」という。乙第二号証の一ないし三)によっているものである。

このような作成経緯からもあきらかなとおり、右課税事積報告書は、青色申告決算書等を参照し、その内容の一部に基づいて作成したものではあるが、それ自体文書として独立した意味内容を有し、形式上も青色申告決算書とは別個独立した文書である。

控訴人が、被控訴人において青色申告決算書を引用したと主張する被控訴人の昭和五七年一一月一七日付け準備書面中の主張部分は、その記述からあきらかなとおり、右通達に基づく同業者の抽出が右通達に掲げる対象者全員を対象とし、機械的に抽出したもので被控訴人の恣意の介在する余地がないものであることを述べているのである。被控訴人の主張が青色申告決算書とは別個独立の右課税事積報告書に基づくものであることは被控訴人の右準備書面中の主張自体から明らかであり、被控訴人が青色申告決算書を引用して主張を更正しているものと解し得る余地はない。

なお、本件のような同業者率による推計課税事案においては、青色申告書自体による主張立証が守秘義務により許されないため、やむをえない選択として前記通達に基づく課税事積報告書による主張立証が行われているものであるから、かような実情を無視し推計課税事案の同業者率の立証に青色申告決算書の提出が要求されるとするならば、被控訴人は守秘義務違反を犯さない限り、これの立証が不可能ということになり、これは同業者率による推計課税自体を著しく困難にするものである。

第二 控訴人が文書提出を申立てている青色決算書の申告者の氏名等の固有名詞を削除した写の不存在について

民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令の制度は特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する控訴当事者若しくは第三者にその提出を命ずるものであって、右文書の現存と提出命令を申立てられた相手方が右文書を所持することは申立人において主張立証すべきものであると解されている。

ところで、控訴人が文書提出を申立てている「申告者の氏名等の固有名詞を削除した青色申告決算書の写」は、現に存在しない文書であって、当然のことながら、被控訴人は右文書を所持していないのであるから、右文書を提出すべきことを申立てることは、文書提出命令の制度には含まれないというべきである(大阪高裁昭和六一年九月一〇日決定参照)。

第三 守秘義務による提出義務の免除について

一 控訴人が文書提出を申立てている青色申告決算書の原本の提出義務が存しない理由について

民訴法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には、証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

青色申告決算書は、青色申告者が確定申告に際して確定申告書に添付して税務署長に提出する、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、税務署長は、所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負うものであって(東京高裁昭和四四年一〇月五日決定・判例時報五七三号二〇ページ)、訴訟当事者が、仮に右青色申告決算書を訴訟において引用したからといって、各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことになるいわれはないから、税務署長は右秘匿部分について依然守秘義務を負っているものというべきである。

ところで、民訴法が公務員をその職務上の秘密につき尋問するに際しては行政庁の承認を要する(同法二七二条)とし、公務員の職務上の秘密であることを理由とした証言拒絶(同法二八一条一項一号)の場合には、その当否を裁判所が判断し得ない(同法二八三条一項)としたのは、何が職務上の秘密に該当するか否かの実質的な判断権が裁判所にはなく、その点の判断は行政庁に委ねられているとの趣旨であると解すべきである(斉藤秀夫・「注解民事訴訟法」五巻四一ページ、五一ページ、井口牧郎「実務民事訴訟講座1・判決手続通論Ⅰ」三〇六ページ。裁判例として大阪地裁昭和六〇年一月一四日決定がある。)

しかし、右の法理は守秘義務による文書提出義務の免除の場合についても同様に解すべきであり、このように解さなければ、人証か物証かの証拠方法の差異という一事をもって、公務員がその職務上知りえた秘密の保護に違いをもたらすという不合理な結果を招来するからである。

したがって、被控訴人は、控訴人が文書提出を申立てている青色申告決算書について原本それ自体の提出義務を負うものではないというべきである(前掲大阪高裁決定参照)。

二 控訴人が文書提出を申立てている青色申告決算書につき、申告者氏名等の固有名詞を削除した写の提出義務が存しない理由について

控訴人が文書提出命令において予備的にその提出を求めている「青色申告決算書につき、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除した写」(以下「固有名詞を削除した青色申告決算書の写」という。)については、たとえ右のような事項を青色申告書から削除したからといって、右固有名詞を削除した青色申告決算書の写の原本となった青色申告者の匿名性(その申告者がだれであるかの特定がされないこと)、営業上の秘密及びプライバシーが侵害される危険が回避されるものではなく、また、被控訴人に課せられている守秘義務に関する義務違反が、正当化されるというものでもないのである。

すなわち、固有名詞を削除した青色申告決算書の写は、右固有名詞を削除したとしても、なお、従業員の人数・年令・給与等の金額、事業専従者の有無・人数・年令・給与の金額、減価償却資産の内容等の沢山の情報内容が記載されている他、申告者の特定がなされる危険性があり(前掲大阪高裁決定参照)、被控訴人が固有名詞を削除した青色申告決算書の写を証拠として提出することは守秘義務に反することになる。

したがって、被控訴人は右写についても提出義務を負うものではない。

第四 本件文書の必要性について

推計課税事件において、推計の合理性に関しては被控訴人側に立証責任があるとされているところ、被控訴人主張の推計方法及び内容が合理性を有することは、原審判決一二五丁以下に判示されているとおりであって、推計の合理性に関する主張・立証は、原審での主張・立証ですでに十分なされているところである。

控訴人が、仮に、推計の合理性について争うのであれば原審の審理の段階で控訴人は実額による所得金額を主張するなどの方策があったのであって、「本件比準同業者の適確性と推計計算の合理的な仕方を検討判断する資料として、本件文書は必要である。」との控訴人の主張は、推計課税訴訟の審理のあり方からしても、また、控訴人の昭和六一年一〇月二三日付け準備書面が被控訴人の抽出した同業者と控訴人との業態の些細な相異を指摘するのみであることからしても、失当であり、本件申立ては、文書提出命令の要件たる証拠としての必要性を備えていないものである。

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